反骨と異端

アウトローは文化だ

非正規の低待遇は“自己責任”か?

日本人は「下を向いて」頑張る民族です。

つまり現状に不満があると、“この不満はどこからきているのだろう?”と現状を分析しないで、自分より立場の弱い人を搾取・攻撃したり、下を見て「自分よりもっとかわいそうな人もいる」と言って頑張る民族です。

つまり「民度が低い」のです。

 

EUは少なくとも日本よりはもっと「民度が高い」です。

現状に不満があると、“この不満はこういう不公平からきている。格差は個人が泣き寝入りするのではなく、集団的に労働紛争を起こして、政治を動かし、政策によって格差をつぶすべきだ”と考えます。

 

EUの人たちってどんな職種でもすぐにストライキやるでしょ。

国際空港とか職員ストでしょっちゅう閉鎖されているし、保育園の先生まで勝手にストライキはじめて「保育園、一週間休みます」とかざらよ。

日本でそれやったら“日本死ね”以上の大騒ぎになるけどね。

民度の高い国のほうが、国に借金もなく、なんだかんだ言っても経済を上手く回しているよね。

 

国によっては職種別同一賃金がありますから、政策によって、中央VS地方、大企業VS中小企業といった賃金の格差を圧縮することに力を傾けています。

日本のように、どういう職種(「経理」など)を選ぶか?というよりも、業種や企業規模によって年収が決まる…ということは、政策的に「ありえない」のです。

 

 

非正規労働者の低待遇もそうです。

昭和のはじめごろ、会社の中に非正規労働者といえば、パートの主婦のおばさんとビルの清掃の人くらいしかいなかった頃は、非正規労働者の賃金が低いのはやむをえない面がありました。

高度経済成長のころは終身雇用・年功序列は国策として正解でした。

しかし今の世の中では、正社員と非正規(終身雇用ではない組)の格差が拡がり、個人の努力ではどうしようもできないところまできています。

今時、非正規の低待遇は自己責任だなんて竹中某でも言わないと思います。

 

実際に大きな組織の仕事って、どこも「非正規がいないと回らない」状況になってきているのに、非正規である限り、フルタイムで働いていても自立自活が難しいなんて、そりゃおかしいの。賃金原資があるから、“頑張った非正規の年収は上げてあげよう”ってことが難しいのよね。

 

こういう時に「非正規なのは自分がふがいないからだ」「非正規だからといって正社員をねたむのは間違っている」と考える、日本人の民度は低すぎて話になりません。

「置かれた場所で咲きなさい」というのは、立場の弱い者に泣き寝入りをうながす悪質な暴力です。そんなことを言っているから、いつまでたっても民度が低いまま、格差が拡大するまま、負け組の割合が増え続けて少子化が加速しているのです。

同じビルの中で同じフルタイム働いているのに、正社員と非正規で、残酷なほどに賃金が違う。これは本気で怒り狂うべき不公平・搾取です。怒るべき所で怒らないのが日本人の永遠に民度が低い理由です。

海外なら暴動やらテロが起こっていてもおかしくないレベルの格差です。

 

海外を眺めてみると、「格差は個人の責任だ」系の対応をしていた国(米国やら日本)はだいたい格差がさらに拡大して大きな社会問題化しつつあり、米国は奴隷制に近い。だから選挙が盛り上がる。「格差は個人の責任ではなく、政治によって圧縮されるべきだ」系の対応をしてきたEUの場合は、移民問題はあるけれども経済は強い。

 

エマニュエル・トッドが“経済的スーパーパワー”と呼んだドイツにしても、「労働者の賃金の格差は国の責任であり、個人の責任ではない」系の対応を続けて、経済力で世界を席巻しつつある。ドイツすごいぞ。格差を深化させないために、職種別同一賃金だし、大学卒業まで学費無償(医療費も無料。その代わりEUは歯医者高いぞ)。ドイツに痴漢はおらん。日本では“泣き寝入りが美学”だから痴漢が減らない。

格差は格差として、当事者で連帯して怒り狂って、是正させようとする。

それが民主主義ってもんよ。しかし今日のエントリーのタイトルはひどいな。格差論壇の10年前みたいなタイトルだぜ。「希望は戦争」とか言ってたよなあのころ。