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反骨と異端

やどかりアウトロー編

ネトウヨの議論

を見ていて辟易するのは、“私情”に凝り固まっていることです。半径5メートルくらいの自分の知見しか参考にしない。

 

特に社会保障関係の話がそうですが、たとえば「大学の奨学金」というテーマにしても

 

「借りた金を返さないのは悪い。借金することのリスクが理解できないのは頭が悪いからだ。自分は余裕だった」で議論を打ち切りにしてしまいます。

 

いや、本来「大学の奨学金」問題というのは、良い・悪いの私情による判断じゃなくて、他の国はどのくらい奨学金制度が整っているか?その中で日本の大学奨学金制度は、どのくらい整っている(いない)と言えるか?という他国との「比較」をベースにして自説を展開するべきなのです。

 

しかしネトウヨに限って、「海外ではこうなっている」という知識面が不足しているという事情もあって、すべて「私情」で良い・悪いを決めつけて終わりにしてしまいます。

「自分も大学奨学金を借りて返したが余裕だった。返さない奴がおかしい。頭が悪い」といった風に。

しかし過去20年間で、大学卒業にかかる費用がかなり上がっているという点はあえて触れません。親が非正規である率もまったく違うのです。自分が卒業したのは何年前ですかまったく。

 

さらに、「正社員と非正規の格差」という話題になっても、

「非正規が稼げないのは自己責任。稼げないなら稼げないなりに、支出と収入のバランスをとれば何とでもなる。それをしないのは個人の怠慢」と切って捨てます。

 

格差論壇を過去10年分、巻き戻したようで既視感と疲れを覚えますね。

 

ネトウヨの脳内では“パンが無いならケーキをお食べ”で世界史はとまっているのです。ついでに広場に引きずり出してギロチンにでもかけたほうがよいかもしれません。

 

「非正規が金がないのは当然。自力だけで這い上がれ」で話を打ち切りにするネトウヨというのは、脳内鎖国状態と言えます。海外を見ろ。

米大統領選を見ても、サンダースの支持層が「白人・リベラル・男性」であるのは驚きです。もはや米国人でさえも“アメリカンドリーム”は信じていない。

“チャンスは平等なのだから、金持ちになるのも貧乏になるのも自己責任”…なんて、かつての建国の理念は、今の白人の男どもには無い。本来ならキチガイ共産党のサンダースやら明らかに資質に欠けるトランプはヒラリーの敵ではないのに、ヒラリーの敵になってしまっている。

「俺たちは99%だ。エスタブリッシュメントを倒せ!」と叫ぶ若い白人男性を見るとある種の感慨があります。

アメリカンドリームは本当に終わったのです。

つか政治が介入しない、自由な競争状態にしておけば、富の寡占が起こることくらい、なんで事前に予測ができなかったんだ?!って気もしますし、格差の拡大に対しては、全力でそれを阻止しないと国が滅亡するのは、今の先進国をいろいろ比較しているとすぐに気付くはずですが、米国人はこれまで「自由競争」が大好きだったから、奴隷制が復活してしまったのです。

この先アメリカもEU型の高福祉国家にしか変化できないのでしょうか。

この時代にも、日本のネトウヨは平気で「自己責任」を持ち出すのです。

米国の「今」は日本の「5年後」です。

 

つい最近、安倍首相も「同一賃金の実現」とか言い出しました。ポーズだと思うけど。少なくともネトウヨは置き去りにして、公式に日本のトップは

「正社員と非正規の格差はまずい」

という方向へ舵を切ったと言えます。