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反骨と異端

やどかりアウトロー編

山口組分裂の「真相」と「今後」と「溝口敦」(その5)

少数派について語るときに我々の語ること

www.nikkan-gendai.com

 

溝口先生からの“返し”がきています。

一見クールな文体ではありますが、文章の切れ切れに書き手のたぎる怒りが感じられますw。溝口先生も怒りで顔を真っ赤にしながら書いたのだろうなと想像すると微笑ましい気持ちになります。 

「SPA」にああいう記事を書かれて、ちょっとは反省して弘道会に優しい溝口先生に変わるかな…と一瞬でも期待したこちとらバカでした。

 

月曜日更新の『溝口敦の「斬り込み時評」』@日刊ゲンダイ、今回は溝口先生の怒りを反映してか?なぜか文字数25%アップのSP版です。

“会員限定”記事になっているようなので、「今月分は無料分5本を使い切って読めない…」という人のために再掲載。

それにしても「斬り込み時評」SP版にしてはいつもの溝口節が炸裂していないというか、記事を読み終わった後のカタルシスが足りないというか、要するに溝口先生が、神戸の織田さんの言い分を全面的に事実認定して丁寧に書いた…という印象で裏もなにもとっていないですし(「織田さんって決して嘘をつかない人だ」というエビデンスあるのでしょうか?)、記事によれば織田さんは高木さんと連絡しあっていたというのみで、この高木さんという人物がいちいち織田さんに伝えた内容の真偽も裏付けがまったくとれない。ヤクザって普通に実名だして嘘ついているし。

 

溝口記事を受けて、ネットの一部では、「獄中の片目のおじさんが反対して和解話を潰した説」まで出回っているようですが、常識的に考えてそんなの無理。

刑務所の中は超厳戒態勢で、外部と受刑者がそんな「組の将来を揺るがすような相談」ができるとは到底思えん。片目のおじさんにしてみれば和解話そのものが寝耳の可能性も高い。

 

そりゃ過去に会合や水面下のやりとりはあったんだろうけど、メディアには両者とも自分に都合よいことしか話さないだろうから、事実認識の食い違いは当然生じるでありましょう。

 

織田絆誠若頭代行が語る

先日、神戸山口組の織田絆誠若頭代行に会い、6代目山口組との和解話について、真相を聞くことができた。織田代行は事実を真逆にして伝える6代目山口組のやり口を腹に据えかねている。神戸山口組の名で自分が担当した責任からも、初めて口を開く運びになったのだ。

両派の話し合いは結局決裂、和解話は流れたわけだが、織田代行の話を総合すると、真相は以下のようになる。まず、話の言い出しっぺは6代目山口組若頭補佐のひとり、清水一家・高木康男総長だった。

 

清水一家・松本秀博統括委員長と山健組の直参・岡本政厚東誠会会長は二十数年来の付き合いで、分裂後も電話のやりとりがあった。

 

今年4月28、29日ごろ、松本氏から岡本氏の携帯に「山健組若頭補佐・山之内健三誠竜会会長に連絡が取れないか」との電話。翌日、松本氏が直接、山之内会長に電話し、「うちの高木が今いろいろなことで悩んでいる。高木の悩みを聞いてもらいたいんです」と頼んだ。

山之内会長は上部に諮った上、5月2日、岡本氏と一緒に松本氏に会うべく静岡に出掛けたが、その席に高木総長が同席し、「井上(邦雄=神戸山口組組長)さんになんとか(6代目山口組に)戻ってもらえないだろうか」と言い出した。

 

山之内会長は突然の話に驚き、「私の立場ではお答えできません。神戸山口組のしかるべき立場の人と話して下さい」と席を立ち、事後、織田代行に報告した。織田代行は上にも諮り、「2つの山口組における建設的な話なら聞きましょう」と答えさせ、5月14日、高木総長の希望で静岡の高木宅で会った。高木総長はこの席でも「井上組長に戻ってもらえたら」と繰り返し、織田代行は「私見だが、うちの親分(井上組長)を、山口組を正せるポジションに座らせるなら、戻ることも可能と思う」と返した。

 

具体的には「司6代目を新設の総裁に、うちの親分を7代目に。もしくは6代目体制のまま、人事を含め全権を委ねた若頭にする」と。

織田代行は相手が怒り出すと考えたが、意外にも高木総長は「とてもじゃないけど、自分では……」と黙り込んだ。5月16日夕方、高木総長から織田代行に電話があった。

 

「今、名古屋から静岡に戻りました。竹内(照明若頭補佐)の兄弟と一緒に、親分(司組長)に報告に上がりましたが、親分が分かったといってくれました」と声を弾ませている。

織田代行は驚き、「7代目か若頭か、2つに1つの話も全て話したんですか」と念を押すと、高木総長はそれには直接答えず、「だから言ったでしょう。親分の器は大きいんです。親分は、織田と竹内の2人でこの話を進めろ、高木、おまえも同席しろと言ってくれたんです」と言う。

 

それで5月17日、神戸側から織田代行、剣政和若頭補佐、6代目側から竹内、高木両若頭補佐が須磨の高木別邸で会うことになった。日取りはその後19日に延期になったが、18日、高木総長から「先に確認したいが、分裂前に6代目が処分し、その後神戸が直参にした太田興業、澄田会、英組の処分がなければ、2つが1つになれないと思う」と連絡があった。神戸側は「7代目か若頭かという大きな話をしようという前に、処分みたいな小さな話か。どっちにしろのめない話だが、そんなことは今後調整していけばいい」としたが、高木総長は「それなら決裂ですね。本当に残念です」と電話を切ったという。

 

その数時間後、再度、織田代行に電話があり、「織田さん、疲れました。これが弘道会方式なんです。ウンザリです」と語ったという。岡山で神戸山口組池田組の高木忠若頭が6代目山口組弘道会系の組員に射殺されたのはその2週間後。神戸山口組は和解話に謀略のにおいを嗅いでいる。

 

山口組分裂の「真相」と「今後」と「溝口敦」(その6)に続く