読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

反骨と異端

やどかりアウトロー編

「ガリバー型支配」という幻想を捨てる

山口組分裂の「真相」と「今後」と「溝口敦」

山口組再分裂…で第三の山口組ができるとかあちこちに書かれているが、分裂そのものがそんなにまずいことなのだろうかという気もしてきた。 

「全国制覇」とか「ガリバー型支配」という夢が壮大すぎたのであって、うまく言えないが、ひとつの地域に一人の親分…みたいな在り方のほうが自然に思える。 

組織を大きくするのは、ヤクザ社会でなくても大変である。企業でも役所でもだいたい大きくなりすぎたら、意図的に分割させて、小さな単位で意思決定やら再分配やら自治ができるようにしている。役所なんて毎年統廃合しているじゃないですか。統廃合するたびに、抗争していたら大変じゃない。

今回の山口組分裂劇を見ていても、山健組は神戸、弘道は名古屋…と最初っから棲み分けはできているというか、地盤争いではなく、代紋をどちらが使用するか?という争いになっているのだから、代紋やら名称の問題はちょっと後回しにして、ひとつのエリアにひとりの親分で足元固めたほうがベター。

極道のおじさんたちの場合は“組織の求心力を高める”というと、血の粛清とか絶縁とかダンプ特攻とかそういう発想しかできないので、組織の規模が一定以上になると、そういう「力で不満因子を押さえつける」という方法論は通用しなくなる…という点が理解できていない。 

片目のおじさんが戻ってきても、やまけんが天下をとっても、似たような恐怖支配に走るだろうから、やっぱり組は分裂・規模縮小し続けることだろう。元の山健とか弘道の規模にまで戻ったら、そこから組織運営が安定化してくると思うけどね。

 

だから全国制覇にこだわるのなら統治の方法論をかなり変える必要もあるのだが、「民主的な再分配」なんてこの世でもっともヤクザに似つかわしくない語である。 

でもでもこれは例を挙げれば、「自民党」と「共産党」の権力の盤石さの話と同じでして、自民の場合は権力が大して長続きしない(首相もすぐに変わる)けど、共産党なんてトップがほとんど交代しないでしょ。20年単位ですからね。「再分配」を党是に掲げる政党はトップが長続きするの。民主主義というシステムは(権力に居座りたい)権力者のためのものであって、かわいそうな貧乏人を救うものではないのかもしれない。トップがコロコロ変わるのと、長続きするのと、どちらが良いのかというのは趣味の問題だが。

「当初、なぜガリバー型を目指したか?!」というと、「抗争のない世界を目指して…」という建前論になりそうだが、しかし使用者責任の時代に、ガリバーなんか実現しなくても、抗争なんか「起きない」のが証明されてしまった。