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反骨と異端

やどかりアウトロー編

知識社会における経済格差は知能の格差だ。

…と橘玲さんが煽っていたのでメモ。

news.livedoor.com

知能の7割から8割は、遺伝によって説明できるのだ。この科学的知見をもとにして、政治的にきわめて不穏な主張が現われた。彼らは次のようにいう。

 

知識社会における経済格差は知能の格差だ。知識社会とは、定義上、知能の高いひとが経済的に成功できる社会のことだ。だからこそ、「教育によってすべての国民の知能を高める」という理想論が唱えられるのだが、いまやその前提は崩壊しかけている。

(略)

先進国で社会が二極化するのは、知識社会が、知能の高いひととそうでないひとを分断するからだ。知能のちがいは、環境ではなく遺伝によってほぼ説明できる。だからこそ、どれほど教育にちからを注いでも経済格差は拡大するのだ。

(略)

希少性を持つのは「知能の高い」若者だけなのだ。企業の本音は、優秀な若手社員を厚遇して人件費だけ高く不要な中高年をリストラすることだ。しかしその一方で、希少性を持たない若者は「非正規」という身分で差別され、高校中退などで学校教育からドロップアウトした若者(先進国に共通するが、その多くは男性だ)は貧困層に落ちていく。

 

日本では幸いなことに、こうした社会の分断がテロや暴動として噴出することはない。だが欧米社会と同じように、知能の格差による「見えない内戦」は確実に始まっているのだ。

 

「知能」というキーワードを明確な定義も出さないで、格差論にまで拡大して論じるのはいかがなものか。

「頭が良くないと金持ちになれない」と言いたいだけなら、「知能」という誤解や誤謬を招きがちなキーワードはあえて避けたほうが無難じゃないか。

「知能」というキーワードを口にするならその定義がないとまずいんですが、“人間の知能とは何か”という問題については、諸説入り乱れているようです。

プロの心理学者なら「知能指数なんか無い! 知能の測定・序列化…なんかできるわけがない」と一蹴する問題でして。

「科学的知見」と橘さんは書いていますが、「知能」とか「IQ」とはあくまで「心理学」の範疇の用語であって、心理学は科学か?というとこれも議論が紛糾しそうな気もしますよね。

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