読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

反骨と異端

やどかりアウトロー編

就活自殺とか意味わからん

就活自殺する日本人が毎年50人から80人くらいいるらしいが、わけがわからん。

なぜかというとわたしは就活とか求職活動全般が大好きだからだ。

苦痛に感じたことが無いので、“無職で仕事を探していた頃は惨めでして…”とか言う人の気持ちがさっぱりわからない。

「100社落ちして鬱病になった」…という女性にも会ったことがあるが意味分からん。

わたしの場合、1社受けて採用されて、翌日から働き始めて鬱病になる…というのが毎度のパターンかもしれん。働くのはアレだが、求職活動は好きであるという。

思い出してみると「受験」もそうで、受験時代というか浪人生活は好きだけど、大学に通うのは苦痛で、ずっと仮面浪人ぽかったという。

「旅行」の場合も、空港や駅に行く、空港で時間を潰すのは好きだけど、目的地(旅先)に着いて遊ぶのは苦痛である(だから目についたカフェに潜り込んでkindleで本を読んでいるORホテルの部屋でネットしながら仕事している)という、

筋金入りのボヘミアン気質かも…。定着していない、固まっていない、不安定な状況に自分を置いていないと逆に落ち着かないという。

浪人時代とか空港とか駅というのは“中間”的な場所であって、目的地になりえない、定住の位置になりえない、あの行き交う人の視線が交差しない所が気に入っている。(予備校時代で作った人間関係って決して長続きしないよな。)

 

クラウドソーシングの普及によってタスク方式で仕事している連中は、完全失業の恐怖からはいったん解放されたが、あれは「日雇い」というか「その日暮らし」のような仕事なので、仕事がある日はめちゃくちゃあるし、無いときは手持無沙汰になるし。

クラウドワーカーというのは、仕事がある時はいつもの2倍労働時間を増やして、無い時は諦めないで自分のブログでもリライトする…というような、晴耕雨読二毛作でやっていくより他ないんじゃないか。

自分は働くことよりも、求職活動そのものが好きなのでこういうfreedom自由業になってしまったが、こういう奴でもそこそこ稼げる世の中の到来で、ネットは何て素晴らしいのだろう。

無職つうのも、借金や家族を抱えた中高年なら自責の念から自殺してしまうのかもしれないが、でも、わたしは「無職である、定職がない」理由では自殺しないだろうな。どこにも属していないという状態が苦痛でないから。