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反骨と異端

やどかりアウトロー編

がんばれ!アサヒ芸能 TSUTAYA傘下で絶体絶命

bunshun.jp

そんな渡瀬恒彦、渡哲也をして「俺より弟の方が強い」。渡哲也といえば「西部警察」の団長など、無敵キャラのイメージである。それよりも強いのだ。

超武闘派として知られ、山口組の組長にまで上り詰めた竹中正久、その実弟で同じくヤクザの竹中武を、溝口敦は「竹中正久以上に正久的な男が竹中武だ」と評した。それをもじれば「渡哲也以上に哲也的な男が渡瀬恒彦だ」。

これを意外におもうひとは多いに違いなく(だからわざわざ「芸能界最強伝説」が記事になっている)、それは「人をホロリとさせる世界に入っていった」ことの賜物だろうし、またそうした意外性なり二面性なりが渡瀬恒彦の魅力であったろう。

 

アサ芸と社会の多様性と

ところでくだんの溝口敦、もともとは徳間書店の編集者であった。徳間といえば先週、TSUTAYAの運営元のCCCが買収の方針を固めたと報じられる。それをうけての今週の文春は、「『がんばれ!アサヒ芸能』TSUTAYA傘下で絶体絶命」と題して、徳間の看板雑誌・アサ芸の行く末を心配する。

 

アサ芸の元編集長・佐藤憲は09年に催された週刊誌編集長を集めたシンポジウムの席で、「ウチの顧問弁護士から、私はいつも怒られている。『君の記事には公共性と公益性のカケラもない。これをどうやって裁判すればいいんだ』」(注1)と言って、笑いを誘っている。

そんなアサ芸にだって、もちろん存在意義はある。おなじシンポジウムで、おなじく実話系週刊誌の週刊大衆、大野俊一は次のように発言する。「『週刊大衆』はなんのためにあるのか? と聞かれたら『我々の生活が多様化するためにある』と答えている」(注2)。「『週刊大衆』が今日も元気に売られていることは、多様で豊かな社会であることの証明です。だから、1年に1冊くらいは買っていただきたいなと。その1冊が社会の多様性を担保するものなのですから」(注3)。

これは週刊誌全般にいえることだろう。なもんで、社会の多様性のためにも、がんばれ! アサ芸。

 拙ブログも、公共性と公益性のカケラもないエントリを飛ばしまくっていますが、よその世界の浮気者がこんなこと書いていいのかと思いながらも、他に書く人もあまりネットに見当らないので続けています。

山口組分裂に限らず、ヤクザ関係情報は読みたい人は多いし、才気ある書き手もそろってるのに、儲かっているはずの媒体が消えてしまうという嘆かわしい世の中です。

溝口先生も、「溝口先生が雑誌に書いていた頃は〇〇だったよね」という、過ぎていった時代を回想するためのキーワードに変化しつつあるのかもしれません。