反骨と異端

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DV(ドメスティックバイオレンス)ってどういう暴力なの?

anond.hatelabo.jp

 「暴力」と呼ぶからには、殴る・蹴るの身体に傷がつく(残る)ような暴力を暴力だとしてほしいのですが、「DV(ドメスティック・バイオレンス)」の場合はその“バイオレンス”に、「心理的な負担をかけること」が含まれているとかいないとかで、はてなホッテントリで炎上しておりました。

個人的な意見ではありますが、上の引用記事のような内容は、「暴力」もしくは「DV」と呼んでほしくない案件であります。なぜって引用記事の場合は、女性がメンヘラ男性と付き合って、心理的にしんどい思いをしたのは理解できるのですが、この男性から身体に傷が残るような暴力を受けたというわけではないから、です。 

それを「身体に傷が残らなくても、心に傷が残るような行為だって“暴力”だし“ドメスティックバイオレンス”だ」と言い切ることに躊躇と違和感があるのです。

それをやってしまうと、つまり「心に傷が残るような行為もドメスティックバイオレンスで暴力なのだ」と定義してしまうとですね、不本意な別れ方をさせられた側が言い立てればどんな行為でもドメスティックバイオレンスや暴力に認定されてしまうおそれがあります。 

しかし本来は、「暴力」というものは、身体に傷がつく、血が出る、あざが残る…といった、腕力によって相手の身体を傷つける(ことの野蛮さ、凶暴さ)を指すときのみに使用するべきではないか、言葉や態度による心理的な攻撃というのは、“虐待”かもしれないが、“暴力”と軽々しく呼んではいかんのではないかと忸怩たる思いがあるわけです。 

DV(ドメスティックバイオレンス)という言葉が日本で広まってきた背景には、“パートナー間の暴力行為は表に出にくい”という事情もあります。殴られている女性は本当に日常的に殴られているわけで、殴られ続けて死亡したり、障害が残ったケースも多々あります。

そういう被害女性からすると、引用記事のようなケースは「実際に身体に傷が残ったわけではないのだから、DVじゃない」と言いたくなるかもしれません。

ただ実際には“言葉による暴力”も刑事事件の対象になるので、暴言を日常的に吐かれ続けているという男女関係なら、腕力行使が無かったとしても「DVだった」と言うしかないケースもあるでしょう。

ネクザがスレで口撃しているのも“暴力”だとすると、ネクザの一直線上にヤクザがいるような構図になり、それは違うだろうと言いたくなるのです。