反骨と異端

アウトローは文化だ

レイシズムを罰することの危険性

政治を攻撃するのは可、人を攻撃するのは不可という、現在のレイシズム表現の自由の折り合いのつけかたを見ていて、非常に危険なものを感じる。

最終的には、韓国人から見て傷つけられる意見や書き込みは全部不可という話になり、それに罰則を課すというのなら、絶対に反対するべきである。

いわゆる共産主義は、全体主義に移行する前に必ずと言っていいほど言論の弾圧を始めるが、ヘイトスピーチ法はまさにその言論弾圧にあたる。自由民主主義を標榜する国家であるなら、政治的な論評/批判の権利は各個人にしっかり与えられ、守られていなければならない。

川崎ヘイトスピーチ法とは、在日コリアン免罪法でもある。在日が自国民から批判/反論を受け付けたくないから、川崎ヘイトスピーチ法を制定したようにしか見えない。Twitter界にいる、朝鮮学校氏のように、自分が日本(人)を差別的だと侮辱することは自由、しかし日本人が自分に反論/批判することは、ヘイトスピーチ法により弾圧…これは法の不公平である。

レイシズムに罰則を」と言っている手合いは、少数派による言葉の暴力は見逃せと無理を突きつけている。

言葉によって傷つけられるのは日本人も同じである、だから日本を侮辱する行為、日本政府が正史とみなしている以外の歴史を吹聴する行為などに対して、日本人側からも訴えることができるようにしないと、法的な公平が維持できないことがわかってない。

人種差別ではないのに差別だ、ヘイトだと騒ぐのは、それ自体が違法であるという意識を早急に高めるべきだ。

フジ住宅訴訟の件にしても、あの会社には他に在日コリアンの従業員はいなかったのだろうかと思うし、もしいたのであればその人からみて、被告にされた会社の偉い人はどんな人だったのかという点が気になるのである。いきなり訴訟に出すのではなく「こういう記事を回すのはやめて」という意思表示をしっかり行ったのだろうかとも思う。