反骨と異端

アウトローは文化だ

くたばれ「移民文学」

日本でも海外でも「移民文学」が大人気である。作家が「移民/難民」であり、その移民の目から見た国や政治や経済活動やジェンダーに対する「屈託」を書いた作品があちこちの文学賞を総なめするようになった。

そもそも作品の価値とは、その作品を1000年後に読んだときに、今生きている人たちの暮らしぶりとか価値観とか美意識とか時代の空気を鮮明に伝えることができるかどうかにある…と考える人たちにとっては、文学や小説がことごとく面白くない。

<2つ以上の国にアイデンティティがある私が、自分は本当はどちらにルーツを求めるべきなのか、自分探しをする言葉遊び的小説>…ばかり読まされる。

語り手が移民であるという設定を入れれば、現在自分が住んでいる国の国民や政府に忌憚のない批判を浴びせても無罪になるという特権おまけ付。

2つ以上の民族ルーツがある人たちは、単一民族ルーツの人たちより、価値が高いと言いたげだが、そんな変な価値観があるのは人間だけで、動物は純血種にしか価値がない。
ハスキーと豆柴とドーベルマンのミックス犬が何円で売れるというのか。
文学も同じ、その作品が書かれてから100年後、1000年後に読んだ人に、何をどれだけ伝えるかが作品の価値である。